きょうのひとり飲み会

37歳の世界へいらっしゃい・慢性膵炎終了

迷路の中へ

20代で切り捨てた感情に今ごろ翻弄されてバカだと思います。

 

 

Facebookを徘徊していたら彼と親しかった知人が出てきた。

この話はいったいどこまで続くのか、どこが終点なのか私にもわかりません。

彼から周囲には交際していることは黙ってろと言われていたのだが、ごく親しい数人には言ってあった。

あ、黙っていることにはなってないなこれ。

この人には彼の方から言ってあったかなあ。どうなんだろう。ちょっとよく覚えてない。

でもこの人、彼はともかく私のことは覚えてないだろう。

だから友達申請して探ってもいいものなのかかなり迷っている。

だいたい、親しかったのはその当時の話なので彼の消息を知っているかどうかは怪しいし。

過去に共通の知り合いだった人はいくらでもいるんだけど、彼と連絡を取っている人がそもそもいるかどうかまったく見当もつかない。

唯一彼の消息をつかめそうな知人にコンタクトを取ろうか迷いが出始めて、ネットの無料占いも以前ほど気にならなくなり、私も少し落ち着いてきた。

 

このはっきりしない脳内でいろいろ悶絶してきたけど、そういうのすべて諦めることも視野に入ってきた。

何気なく「諦める」という単語を検索してみた。すると

明らかにして、諦める

とか何とかいうのが出てきてしまった。どうも、仏教の世界ではそういう考え方らしい。

うーん、この理論でいったら私は何一つ明らかにしないまま忘れ去ろうという方へ向かっているということにならないか。

 

そして、私の脳内で渦巻いていることひとつ。

症状悪化してませんか???

 

もういっこ。彼に言いたい。39歳おめでとうございます。今何してるんですか。

そうだよなあ、今彼が何しているか、それを知れたらこの話終わるのだよ。

それで私の悶絶とか何かが続いて行くのかはわからないけどそれはまた別の話。